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 この鉄道がよくも昭和52年まで持ちこたえられたものと感心します。非電化ナローでは日本で一番遅くまで生き延びていたのではないでしょうか。
 最後は大雪のため尾小屋まで開通しないまま終わってしまいましたが、私にとっては雪と尾小屋鉄道は大いに関係があります。というのは尾小屋の先に大倉岳スキー場があってよく尾小屋鉄道に乗って滑りに行きました。しかし尾小屋駅からスキー場まで40分位歩くのにはまいってしまいました。
当時尾小屋町にはスキー客用の民宿もたくさんあり賑わっていましたが、その賑わいもあまり長くは続きませんでした。


 

 本社兼新小松駅。木造の大きな建物でしたが補修までなかなか手が回らなかったようです。今度の発車はキハ3が受け持つようですね。



      汽車が出るぞー!

DC121を先頭に列車編成も終えお客を待っています。
機関車も客車ももうだいぶガタがきていますが最後の踏ん張りで頑張っています。
ホームのはしには連結器のワッカが置いてあります。


尾小屋鉄道のマスコット5号機

 見るからに廃車か良くても休車といった雰囲気ですが、この頃は5号機も予備車とはいえ時々火が入っていました。この二ヶ月後の写真では煙突から煙が出ています。上の写真は昭和36年3月21日、下の写真は昭和36年5月14日で北陸線車中から撮影しました。



















日立鉱山から来た22号客車と、右はタボ1200です。どちらも車重が重く満足な活躍ができなかったそうです。
尾鉄通信さんからご指摘がありました。右の長物車はタボではなくダボと濁るそうです。ご指摘ありがとうございました。























DC122の牽く夕方の通勤列車

デッキにはあふれた人がぶら下がっています。夏はこの方が快適でした。昭和38年9月、国道8号線踏切を渡るところです。尾小屋行。




真夏の尾小屋行

窓も扉も開けっ放しの下校時の列車、満員です。運転士の周りも人人人・・・。熱気ムンムンです。

(本多勝哉氏提供)


さよなら尾小屋鉄道

キハ3+ホハフ3  昭和52年3月13日


この切符画像はパープル酋長様の提供です

 な、なんと上の写真のキハ3に牽かれたホハフ3の窓から顔を出している美少年が、若かりし日の酋長様だとは・・・。
 世の中って広いようで狭いものですね。


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