
昭和59年12月12日休止、そのまま復旧することなく昭和62年4月29日廃止となった。

私が初めて金名線に乗ったのは小学生時代、手取遊園に連れていってもらったときです。
家の近くの武蔵ケ辻電停から市内電車で野町まで行って石川線に乗り換え、そこから手取温泉駅まで行ったのだと思います。 遊園地はたくさんの行楽客で溢れていました。
社会人になってから友人とも何回かは行きましたが、あるとき友人が駅前の商店で身分証明書を落として帰ってからまた取りに行ったこともありました。
思い出のいっぱい詰まった金名線を懐かしい写真で振り返りたいと思います。

石川県一の初詣のメッカ「白山比め神社」の最寄り駅で大晦日から元旦まで終夜臨時電車が運転されます。金名線の旅はここから始まります。ところで比め神社のめの字変換できません。口へんに羊と書きます。
昔は神社前と言っていただけに重厚な造りの駅舎で駅名板も立派です。小さな字で「の」を入れているのは何となくほほえましいです。
まだ中間駅だった頃の加賀一宮駅。白山下から降りてきたのは準急野町行モハ3743単行です。当時はまだ駅員もいました。
対向ホームは普段は使われておらずお正月の初詣などの臨時列車大増発時に使われていました。昭和55年8月。
側線が無くなってしまいました。このバラスト用機械と一緒にいた金属製無蓋車↓は何処へ?この機械車両は取り残されてしまいましたが、その後どうなったのでしょう。平成6年4月30日
とうとう、線路一本の終着駅になってしまいました。線路の端に見える真新しい電柱は線路止めの後に新しく建てた架線の終点用です。
平成8年10月12日。
そう言えば側線があった頃、駅の端っこに加賀一宮駅の主のような鉄製無蓋車が2両ずーっと留置されていました。ナンバーはありませんでした。
現在の石川線の終点です。ここから先、名古屋を目指した金名線が延びていました。
それでは思い出の金名線の旅に出発しましょう。平成9年3月19日。
加賀一宮を出た電車は国道157号線に沿って白山下を目指します。次は手取中島。写真は運休中の線路ですが、このまま2度と電車は走りませんでした。(昭和62年8月20日 加賀一宮ー手取中島)