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昔は対向式ホームでした。
晩年の配線と較べるとなんとなくわかりますね。
昭和31年8月まではこのような配線でした。
その後駅舎は写真右側へ6メートルほど移動して下り本線を新設、ホームは島式となりました。
釜清水駅にも売店があったのですね。
写っているのは上りはモハ3000、下りはモハ1500でしょうか。

右の写真は比較用として昭和56年当時の姿をUPしました。見たところ駅舎そのものは移築したものみたいですね。ホームも流用していますね。

 昭和26年釜清水地内に統合中学校が完成し、釜清水駅は吉原、河野方面の中学生の乗降駅となり、交差する上下列車から吐き出される多くの生徒で、改札口は毎朝大混乱を呈していました。
 45年以降は道路舗装が進み、中学生は次第に電車から自転車での通学に切り換えはじめ、50年頃には冬期間を除いて全員が自転車通学になった。
 51年上野地内に統合鳥越中学校が発足し生徒は手取温泉駅で乗り降りするようになりましたが、すでに昼間は電車が運休しており下校はスクールバスや代行バスの利用となり電車はほとんど利用されなくなっていました。(鳥越村村史)