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残るは石川線だけとなってしまった現在、「石川総線」という呼称も過去のものになりつつあります。
この線は子供の頃手取遊園に連れていってもらうときや、高校になってからは獅子吼高原へスキーに行くとき、そして成人になってからは白山さんへの初詣のときに利用しました。
白山下ー加賀一宮間(金名線)は終戦後もまだ電化されておらず、蒸気機関車が使われていました。今でもお年寄りからポッポ汽車の話を聞くことがあります。
現在は車両も東急から来た7000系に統一され面白みがなくなりましたが、入線後すでに10年以上が経ち今ではすっかり違和感もなくなってしまいました。

準急 野町行発車
昭和57年10月17日 鶴来
名鉄からやって来たモハ3772の準急野町行の発車です。この時降りたお客さんはこのご婦人お一人、電車が通り過ぎるまで待っていなくてはなりません。
能美線 辰口温泉駅の交換
昭和53年9月 朝通勤途中に撮影
辰口温泉は古くからの温泉で、今でも2軒の立派な旅館が営業していますが駅からは歩いて15分位でしょうか。
温泉客はいつの頃までこの駅を利用していたんだろう。
この写真の頃はすでに能美線は朝夕のみの運転で乗客もまばらでしたが、辰口温泉駅には駅長さんもおり、このように駅らしい雰囲気がありました。
新寺井行きのモハ3773は先に到着しており、向こうから来る鶴来行のモハ3703を待っています。どちらも名鉄からやって来た電車です。
しかし、3703が到着する直前の線路を堂々と歩いていますが、もしブレーキ故障かなんかで止まらなかった場合を考えるとゾーッとしますね。
ところでこの駅長さん、電車の来ない昼間は何をしていたんだろう。
白菊町駅
昭和43年3月 本多勝哉氏撮影
この当時はすでに朝夕以外は電車も来なくなっており昼間は貨車の入れ換え作業で電機や電機もどきが忙しく動き回っていました。ここから新西金沢までの本線上は制式電機の担当でした。
左の電機もどきは1301と標記されていますが身元をご存じの方教えてください。
身元が判明しました。EB122でこの時期だけ何らかの理由で1301を名乗っていたそうです。
白菊町駅は昭和45年4月から旅客営業が、同47年9月で貨物営業も廃止され、思い出の彼方へと去っていきました。

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昭和30年代の石川線
